ひりつく夜の音/小野寺史宣(ふみのり)。
とくに今週は書きたいネタもないので、久しぶりのやぎ本です。ネタが無いのはたしかだけど、昨日読み終えて「これはブログに書きたいな」という気持ちも多少あったので、書くことにしました。
週刊誌を読んでたらこの本が紹介されてて「ちょっと読んでみたいな」と思ったのがきっかけで、面白そうだったら買うつもりだったのですが、一応確認のために図書館を覗いたら置いてあったので、借りることにしました。
読後の感想としては、巻末の北上次郎氏による解説、
『あなたが手にしている本は、あなたの日常の中に、過去の中に、さまざまなドラマがあることを、そしてあったことを教えてくれる書だ。人の営みと人生の哀しみと優しさを、教えてくれる書だ。』
まさにこの文章そのものだなあ、と。本文を読み終えて、読み終えたけど感想を頭の中で言語化できないまま、解説を読み進めたらこの文章が書いてあり「まさにこれだなー」と思いました。
ここから先はネタバレも含んで書くので、ご注意下さい。
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この物語の主人公である下田はクラリネット奏者で、「音楽」というのが人と人をつなぐ、この物語のキーになっています。うだつの上がらない主人公の下田が音矢というギター弾きの青年を警察に引き取りにいくことから話は展開していきます。
下田は物語の最後になってやっと気づくのですが、かたや音矢青年の目線で考えてみるとすると、下田を警察に呼び出す以前、そうとう昔からおそらく「この下田という人はたぶんおれの親父なんだろう」と勘付いてたのだろうと思われます。
音矢の母親である佐久間留美と下田はかつて恋仲でした。若かりし下田のクラリネットで音楽への階段をまさに駆け上がろうとしている、扉を開こうとしているその姿を見て、留美は自ら身を引きます。ただしここら辺の描写はあくまで下田の想像に過ぎませんが、おそらく正しいのでしょう。その後か前なのかは書かれていませんが、そのとき留美は妊娠していて、1人でお腹の子供を育てようとします。下田はそのことを知らされていないまま留美と別れています。しかし音矢がまだ子供のときに留美は亡くなってしまいます。そのときに音矢が母親の留美から託されたのは、かつて下田から貰った、下田がまだギターを弾いていた頃のなごりであるティアドロップ型のピックと「どうしても困ったことがあったら、頼りなさい」という下田の電話番号。これらについてはまだ当時よく事情が分からなかったであろう音矢少年も、数年も経てば「この『下田』という人はおれの父ちゃんなんだろうな。少なくとも母ちゃんと何か関係があった人だ」ぐらいのことは容易に考え付くのだろうと思います。
しかしその時から10数年後、彼が下田を警察に呼び出すまでは、下田に電話をすることは一切なかったということも表しています。音矢に警察に呼び出され、はじめて2人は顔を合わすことになったのです。かたや「この人がおれの親父」と思い、かたや「こいつがおれの息子」と知らずに。
そして物語の終盤まで音矢は下田に対して「親父」「父ちゃん」とは言いません。下田が「もしかして音矢はおれの息子、、?」と気づいたと察したであろう音矢は「おれには父ちゃんはいない」と下田に言うくらいです。それはおそらく母親である留美が直接的に「下田が父親」と音矢に一切言わなかったからだと思います。留美は下田が進む道の邪魔をしたくなかったのだと思います。その母親の気持ちも音矢は子供の頃から汲んで、尊重してたのだと思います。彼にとっては母親と過ごした時間が少なかっただけに、母親との全てが大切な宝物なのです。下田もその彼の気持ちを汲んで、今の距離感のままで居ようとします。
しかし現在の下田の煮え切らなさふがいなさを見て、音矢ははっぱをかけます。それはまるで今はいない留美の言葉のようにも聞こえます。「あたしが何のために譲ったと思ってんのよ!」と。
音矢の言葉をきっかけに、下田は永い眠りから目覚め行動を開始します。下田は自身のバンドを結成しますが、そこに音矢は入れませんでした。そこには音矢の才能をさらに輝かせたい下田の思いと、彼との距離感を大切にしたいという気持ちもあったと思います。下田のバンドに入れることはいつでもできます。でも音矢が高みに上ってくのは今しかありません。チャンスは何度訪れるか分かりません。このことはかつて自分が留美にされたことのせめてもの返礼になっています。そして音矢を現時点ではまだ自分のバンドには入れないことによって、まだこの音楽人生が続いていくことも予期できます。下田が自身のバンドに音矢を迎え入れるまでの間、そして迎えたあとも、彼は夢を見続けることができるのです。
物語の終盤、まるでNHKの朝ドラでの出演者全員集合シーンのような、とてもハッピーでピースフルなライブのシーンがあります。下田が今まで出会ってきた人たちが一堂に会してのライブ。まるで音が聴こえて臨場感あふれるような文章です。ライブを文章で表現したら、こんな感じになるでしょう。留美はこの場にはいませんが、もしあの時留美が身を引いていなかったら、なかったかもしれない場であり、会ってなかったかもしれない人たちです。
、、、まぁ、下田という男はどれだけ愛されていたのでしょうか、て話です笑。
あまりにハッピーでピースフルな読後感のため、暗黒面の黒やぎがややうがった見方をしてみますが、これだけものわかりの良い女性、佐久間留美や鈴森朋子のような都合の良い女性がいるかなあ?という気もしないでもないわけで。。これは多分に「作者が男性」というのはあると思います。「こんなつごうのいいやつぁ、いるわけない!」と笑。
しかも少し冷静になって字面だけ追ってみると、これはちょっとやばいお話です。身ごもった彼女が男と別れて1人子供を育て、男はそのことを知らないまま自分の夢を追い、10数年後電話で大きくなった息子に警察に呼び出され、、、てその後息子から何かされたとしても、文句は言えそうにありません笑。彼はたらい回しにされてるわけですから、そのことに怨みを持っててもおかしくは無いからです。
幸い物語はそういったミステリー&サスペンスにはなりません。しかし作者はそこを書きたいわけではなく、先ほど書いた解説の一文、そこをメインの伝えたいこととして書きたかったのだろうとも思うので、突っ込みどころはありますが、そこはまぁ、暗黒面は置いといて、心をきれいにして流して読みましょう、ということで笑。