ほぼ日手帳コピー大賞 敗者の弁(笑)。その1
おそらく大賞を受賞したり入賞した人には、結果が出次第、その旨を告げるお知らせメールなんてモノが送られてるはずなので、ソレが来てない時点で「ま、入賞してねぇんだろな、、」とは思ってまちた。そして昨夜の結果発表はそのとおりとなりやした、、。
まね、ん、しょがねっすよ、うん、、。
で、結果が発表されたらワタクシもココに書こうと思ってたんだけど、ワタクシは絞りにしぼって最終的にハガキ2枚書いて送って。その2つのコピーがコレ。
・書くだけじゃ、ないんだぜ。
・持っていたから、出会えた人がいる。
まず今回のコピー大賞に応募しようとしたのは、今まで曲りなりにも10年近くブログを続けてきた中で、「何もコピーの勉強もしないでの自分」がはたして通用するモノなのか?プロでもシロウトでも同じ土俵の無差別級!という場の面白さと、あの糸井さんに、おそらく短い時間ではあるだろうけど直接見てもらえる、そういう機会だから、というのが理由。たぶんこういう企画でもない限り、糸井さんに直接審査してもらえる機会なんてそうは無いだろうというコトで。ソレがハガキを出すというハードルだけで見てもらえるならお安い御用だと。糸井さんしか見ないというコトだったので、そりゃ大変だろな〜と思って当初は3枚、と考えてたトコロを絞って2枚に。ソレでも13014枚応募が着たらしいから、スゴイ数だよね。次何かしらでやるなら、1人1枚に限定した方がいいんじゃない?と思うけど(笑)。または一次審査は数人かでやって、みたいな。
コピーについてなんだけど、前にこのブログでも書いたけど、ほぼ日のイベント『はたらきたい展。』に行った時に、ほぼ日というのは「人」を大切にしてるんだなというコトを感じ取ったので、人を想定した、人に話しかけるようなコピーがいいんじゃないかなー、というのが考えの発端。
1つ目の「書くだけじゃ〜」はスギちゃんを連想すると思うけどちがくて、1つは「○○だぜ」ていう語尾は糸井さんもよく『今日のダーリン』なんかでもお使いになられてるのでいいかというコトと、もひとつはワイルドじゃなくてハードボイルドなんだな、ワタクシのイメージでは。ハードボイルドつったらトレンチコート着たハンフリー・ボガードでしょ。そのハンフリー・ボガードが手帳をデコってたら面白い絵ヅラでしょ?(笑)
ハンフリー・ボガードの背中ごしにデコられた手帳が開かれてる。シールかなんか貼ってる途中。暗い中で電柱の陰かなんかに隠れながら、ハンフリー・ボガードにスポットライトが当たって「書くだけじゃ、ないんだぜ。」ていうコピーが。そういうイメージもすぐ浮かんでね、こりゃいいや!と。たぶんそういうふうに、イメージがパっと浮かぶていうのが良いコピーなんじゃないかと、シロウトながら思ったんですよ。
「ほぼ日手帳」とか「ほぼ日」のコトを、興味はあるけど、まだよく知らなかった時に、本屋で時間があったから手帳の公式ガイドブックを何気なく手に取って見てたら、「はぁー、手帳て書くだけじゃないんだなー」ていう軽いオドロキがあって。今でこそいろんなモノをデコったりていうのはわりと普通だけど、当時は「そういう楽しみ方があるんだー」ていうカルチャーショック。デコレーションていうのは女性の文化だよね。なんかそういう女性のクリエイティヴィティーに感心したというか。そういう良いモノはワタクシのEveryday39にも取り込んではいるんだけど、そういうオドロキを、かつてのワタクシのような「ほぼ日手帳てよく耳にはするけど何?」「ほぼ日て?」て人にも感じてもらったらなー。こういう楽しい手帳があるんだと。興味がある人・買おうかどうしようか迷ってる人という潜在ユーザーの層にアピールする感じだな。
書く、を「書く」とカギカッコ入れようかなーどーしようかなーとか悩んだり。そっちの方がよりこちらの意図が伝わりやすくはあるけど、コピーとして見たらどうなんだろと。無い方がスッキリはするよなとか。で、既存のコピーに、出だしからカギカッコの付いたコピーてあるんじゃろか?とか本をチラリと見てみたりして。センス的なモノでもあると思うし、そのへんの判断のムズかしさはあるよね。シロウトだからとくに。
もう1つの「持っていたから〜」は、実はコレはもう1つ別のが先にあって、
・持っていたから、忘れない日がある。
こういうのを先に思いついて、そして
・持っていたから、忘れない日がある。
持っていたから、出会えた人がいる。
と続く。だからホントはコレ2つでセットなんだけど、長いでしょ。応募方法に「簡潔に」と書いてあったんで、まぁコレはボディコピーと企画意図についてなんだけど、コピー自体も長いよりは簡潔ににした方がいいのかなと思って。じゃどっちにするか?てなった時に、「忘れない日」てのはいかにも手帳らしいけど、イメージが浮かびにくいじゃん。「時間」て目に見えるモノじゃないから絵にならないからね。ま、そういうのをビジュアル化するのもありだとは思うんだけど、かたや「出会えた人」の方はすぐパっとイメージが思い浮かぶんだよ。
白バックに、人が2人並んで胸のあたりで手帳を持って。笑顔のショットでもいいし、なんかスタッフからくだけた話を聞いて思わず大笑いしちゃったような感じでもいいし。その2人の組み合わせは何だって構わないんだけど、例えば「制服着た女子高生と初老の和服姿で白髪の髪を結ってるおばあちゃん」とか「魚屋の格好をした魚屋のおにいちゃんと金髪の外国人女性」とか。
手帳てパーソナルなモノでありながら、ほぼ日手帳て手帳発売とかイベントが開かれるくらい手帳業界としては特殊な商品だろうから、「閉じた」手帳という商品でありながら「開かれてる」という、人と人をつなぐコミュニケーションツールとしての商品特性があるなと思ったんだよ。ソコはほぼ日手帳の特殊性というかね。そういうコミュニケーションツールとしての商品アピールを盛り込んでみたんだけど。いいでしょ?
女子高生とおばあちゃんとか普段は接点が全くない世代。でもほぼ日手帳をデコりまくってる女子高生を見たんだろうね、おばあちゃんがきっと。「あら、ソレ楽しそうね。私もその手帳持ってるんだけど、やり方教えてくれない?」とかでほぼ日手帳きっかけで会話が弾む。
一方、まだ来日して間もない、たぶん英語の教師かなんかだと思うんだけどね、外国人の女性が魚屋さんに魚買いにきたんだけど、メモしてもらった魚の漢字が分かんない。で、魚屋のおにいちゃんに「コレくださ〜い」てほぼ日手帳を見せたら、「お!ほぼ日手帳お使いですか!ボクも持ってます」てウラから手帳持ってきて「セイム!セイム!」かなんか言って。そっからその外国人女性は魚屋さんのおとくいさんになってくていう。
そういうドラマが2人の組み合わせによっていくらでもできるな、と思って。ひょっとしたらほぼ日手帳を持っていなくても、その先違った人生を歩んで出会いもあったカモしれないけど、持っていたからこそ、こうして出会えた人がいる、あなたに会えたていう、そういうのを伝えたかったね。
「書くだけじゃ、ないんだぜ。」はちょっと笑いの方というかちょっとクダけたコピーで、「持っていたから、出会えた人がいる。」はなんかちょっとココロの中にほんわりしたモノが伝わるかな、と。もちろん時代性なんか考慮したつもりだけど、言葉でそういう形にできないモノとかじんわりあったかくなるようなモノを伝えられたらコレは良いコピーなんじゃないか、とそう思って。
その2へつづく