ソレよりはマシ。
人にはグラデーションがあるワケだから「どっちが」と二極に分けるコトの意味がドレほどあるかというのはあるけど、ソレはさておきで、「冗談が通じないけど、頼りになる人」と「冗談は通じても、頼りにならない人」ではどちらが良いだろうか?
先日親を見て思ったのだが、ワタクシの親は前者。ようはカタブツ(ガチガチの)なんだが、でも柔軟性が無いというのはウラを返せばブレないというか芯があるというか、人から信用はされる、頼られる、リーダーの素質はある、というコトなんだなとは思った。そういう一面を先日垣間見るコトができたので、なるほどなと。人は近くにいる人のコトなんて、意外と分かってないモノだ。だからいまさらながら「なるほど」と。
ちなみに後者だとただ単にヘラヘラしてる人というか軟弱な人、まったく人から信用されないという印象だな。するとそんなやつよりは、まだ親みたいな方がマシなのか、と思った(笑)。
「この人はどうも、、」と思う人がいたとして、じゃその「どうも」と思う人の逆のタイプの人間を想定して、ソレと比べたらどうなのか?と。そう考えてみるとその「どうも」な人も少しはマシに思えたりするというのは、方法としてありなのカモしれない。人に限らず、いろんなモノゴトでも。
何もカモが最悪な人(モノゴト)を想定して、ソレよりはマシだなと思える、てコトか。
でもヘラヘラ頼んなくてナンジャクな親の方が、子供はしっかりする、てのはある(笑)。