過去があるから今がある。石(意思)が積み重なってココにいる。
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『あまちゃん』、ごちそうさん!

あまちゃん』の最終回を観た。ドラマ的に湿っぽいエンディングではなくハッピーエンドだろうとは事前に予想してたけど、実際あっさり終わったなという感じ。まーさんざん本編はテンコ盛りでやったワケだから、最終回の10分ぐらいはまるまるエンディングに使って「大エンディング」みたいな感じで、いいんじゃないでしょうか。終わりが近づいて胸がキュウンと締付けられるようなコトもなく、スッキリ終わって良かったと思う。
ワタクシがソレほど『あまちゃん』に入れ込まなかった理由に「入り込みすぎて胸がキュウンになるのがイヤだった」というのがあって。いずみさんのライブDVD『灰とダイヤモンド』観た後にキュウンとしてせつなくなっちゃうんだけど、あの感覚がイヤでさ。終わり間近になると切なくなる。入り込んで観るとそうなるので距離を置いてた、てのはある。
まぁでも感心するのは、よくコレをNHKがやったよな〜と。かといってもし民放で『あまちゃん』をやってたとしてら、果たしてコレだけ人気になったのか?。なんか「NHKだったからこそ」て気がしない?今からその疑問を解いてあげるよ(笑)。
NHKて今でもそうだけど、なーんかアカヌケないじゃない。バラエティとかクイズ番組とかやらしてもさ、「普段堅苦しいイメージの人が言う冗談」みたいな、笑うに笑えないみたいな野暮ったさというか、あまちゃん的に言えば「ダサさ」があるワケだよ。結局スベってるんだよな。お堅い人が台本どおりにしゃべってる印象。ソレに比べて民放は堅苦しいイメージもないから、冗談言っても受け入れやすいというか。ソコで闘えるワケだ、民放としては。
かつてプロレスでアンドレ・ザ・ジャイアントて、2メートル23センチだったかな?巨大で偉大な外国人レスラーがいたんだけど、アンドレからすれば自分以外みんなちっちゃいワケだ。一方、相手レスラーからしたら「人間山脈」ていうくらいだから、一面壁だよ。壁がせまってくるようなモノ。まともに闘ったら勝ち目が無い。でも巨体は倒せば身長差が関係なくなるから、とにかく足元を蹴っていけばなんとかなる。でかい体重を支える足が弱点だから、戦法としてはヒットアンドアウェイでとにかくローキック。ソレが唯一といってもいい攻撃方法なんだよ。
でもその巨体のアンドレに「ひょい」とキックを避けられてみ。しかも自分より軽いステップワークと速い動きをされて、ドロップキックとノータッチトペ・コンヒーロ、あげくにムーンサルトなんか飛ばれた日にはお手上げだろ。コレはもう全く歯が立たない。なす術なし。
あまちゃん』は、まさに「空中戦もなんなくこなすアンドレ」だったワケだよ。飛び道具のオンパレード。コレは戦慄が走る。コレやられちゃ民放はどうしようもない。
結局山が動いちゃったワケだよな。
アカヌケない、野暮ったい、カタブツのイメージのNHKがコレをやってしまったから、観ててなんだか胸のスク気分になる。だからココまでの爆発力があった。ソレが1つ、ワタクシの見立て。
たぶん民放とかNHK、TV業界や番組製作の中心に、脚本のクドカン氏と同世代(40代)の人が多いんだろうね。
まずカタブツのイメージのNHKが、まるで己の「笑い」という弱点を自覚してて、その弱点を補うかのようにクドカン氏を脚本として起用したコト。ソレから、クドカン氏が「あれ?NHKのドラマて意外と遊べるぞ、、!」と気づいてハメを外し始めたのが1つ。そのクドカン氏のハメハズシをNHK側ができる限り許したコト、自由にさせたNHKの器の大きさ。そしてクドカン氏がドラマで遊んでるのを、視聴者がいっしょになって面白がったコト。コレらが胸のスク部分であって、人気爆発の要員になったんだろうとワタクシは思う。

たぶん80年代の懐かしネタは海外に持ってたら通用しないんだろうなー。だから『おしん』みたいに世界中にウケる可能性は低いカモしれない。
そして関西の人は『あまちゃん』についてどう思ってたんだろう、と。「懐かしネタで笑う」というような笑いともいえないような単純なネタで、関西の人ははたして笑ったのだろうか。あくまで東京的、関東的な笑いだったのではないか。「東日本大震災」が題材になっていたから、西日本の人はあまり感情移入できなかったのでは?そういった疑問がいくつか浮かぶ。

あとは言わずもがなで、あのスカ+ちんどん屋みたいな、運動会のかけっことか祭りを連想させるOPテーマと能年嬢演じるアキちゃんの明るさと笑顔。アレで7割がた成功みたいなモノなんだろう。もちろんまわりの脇役もみんなキャラが立ってたし、『あまちゃん』の世界の住人になりたい、そう思った人が多かったんだろうな。
ワタクシは次は能年嬢にはアキちゃんと真逆のシリアスな役をやってほしいと思うんだよな。ホラーやサスペンスのヒロインとか、そういうのを観てみたい気がする。ワタクシはあんまり「『あまちゃん』の能年玲奈」ていう、「『あまちゃん』の」ていうカンムリが今後ずっと固定するとは思ってないんだよ。ソコは危惧してないね。少なくともユイちゃん役の橋本愛嬢よりもやれる役の幅が広いと思うんだよな、潜在的に。だから次作でアキちゃんイメージを覆すぐらいのモノをやればいい。
あと、もしTVであれ劇場版であれ『あまちゃん2』的なモノが今後あるとするなら、若い頃の夏ばっぱを見てみたい気もするんだよね。少しはドラマ中にも出てきたけどね。若い頃の夏ばっぱていうとドラマ内でも言ってた津波とか?東京オリンピックとか万博とかそのへん?なんか『ALWAYS』ぽくなっちゃうのかな〜?(笑)。「3代前」だから夏ばっぱが海女の初代なワケで、そのいきさつとかさ、忠兵衛さんとの出会いとか。そうなるとなんか夏ばっぱが倒れて病床での回想、みたいになっちゃうか(笑)。あとは種市先輩はしばらくしたら東京へまた戻ると思うんだよ。修行の続きをしに戻ると。そしていよいよ北三陸に戻ってきて寿司屋をやる。アキと結婚する。ユイが先に結婚してたらいいカモね。んでアキと先輩の間に子供ができる。
「春夏秋ときだから、男の子だったら、、冬彦さんだべ?」。佐野史郎氏もなんかの役で出た方がいいね(笑)。「女の子だったら、冬美ちゃんかな」。「あら、あたしの名前の字使うの?あたしはいいわよ」とまんざらでもない鈴鹿さん。「いや、鈴鹿さんじゃねぇべ。坂本冬美さんの冬美だべ。」坂本冬美嬢がTVで歌ってる場面を観ながら。「だったら『潮騒のメモリー』、「四代前からマーメイド」に歌詞直さなきゃね。」とすっかり上機嫌の鈴鹿さん。「鈴鹿さんでねぇのに、、」
2やるんだったら、今回のセルフパロディみたいなコトもやればいいよな。自分をネタにするワケだ。
あと今回3・11てのがテーマにあって、どう表現するかていうのが注目されて、ワタクシたちは3・11が起こるのは当然知ってるワケだけど、ドラマに登場してる人たちは知らないワケで、ソコらへんはワタクシたちはある種「人間を越えた存在」としての視点があるワケだよ。この話はワタクシ何度もブログで書いてるけどね。でもどうするコトもできないじゃん。
ワタクシたちの側から向こうの世界を見るコトができても、向こうからこちらの世界は意識できない。そして3・11が起こるとこちらが知ってても、向こうに知らせるスベはない。
でもこっからちょと話ソレるけど、この現実世界でも「あ、この人とこの人はナントカ助かりそうだよな」とか「あーこの人はちょっと、、」というのは「人間を越えた存在の視点」から観れば分かるんだよ。でも手助けはできないんだよ。ワタクシたちがTVの中に手出しできないように。そういうモノなんだ。
助かるかどうかの境界線というかラインというか、その別れ道て、結局その人の日頃の行いとか人格とか人間性、そういうモノで自分の次の行動て決まってくるから、「誰か見えない存在が助けてくれる」(ソレもあるのカモしれないけど)というより、その人の普段の行動の延長上でそのライン、別れ道が決まってくるとも思うんだよ。だから『あまちゃん』に話を戻すと「アキちゃんとユイちゃん、この2人がいっしょなら大丈夫」とかね。3・11がある。だからその以前に2人が出会えてて良かったね、とワタクシはそう思ったんだよな。運命的な出会い、てコトだよ。

あとトンネルの先か。コレが若干2への期待をもたせるような「続き」感があるけど、まーまずは自分たちだよね。自分たちの生活に持ち寄ってさ、まわりの人たちとか自分の意識とかを、『あまちゃん』の北三陸みたいに楽しく気分良く過ごせるように、ドラマから現実にフィードバックしてくと。そうやって日々を気分良く過ごせるように、現実をよくして行けばその積み重ねで、トンネルの先ていうのも期待とか希望とか、明るい未来が待ってるんじゃないの。
まー最後だから支離滅裂にいろいろ書きなぐったけど、コレで書き漏れは無いか、、?いいか、このへんで。