過去があるから今がある。石(意思)が積み重なってココにいる。
ムダなコトは1つもない。未来とは「今」の連続である。

へたな鉄砲数打ちゃ当たる。へたでも打たなきゃ当たらない!をモットーとする
かたことの極私的「雑誌系」サイトです。(since 2004 Feb.)

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 やぎ本。⇒本が大好物なやぎのぢぇーむすくん(a.k.aかたこと)がオーガナイザーを務めるやぎの本棚、略して「やぎ本」。本や本にまつわる情報の紹介。神出鬼没でごくまれに登板します。
 ◇最新本◇  今年(といっても2021年だけど、、)読んだ本。後編 

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 Everyday39(エブリデイ・サンキュー)⇒katakoto cafe、やぎ本。につづくかたこと第3の架空のブランド。かたこと流に「毎日が楽しくなる」新たなアイデアを加えたグッズ関係のブランドです。
 ◇最新グッズ◇  『靴箱→ファイルボックスへトランスフォーム!』 

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 祝☆overcoat’s(オーバーコーツ)再結成記念!!  ワタクシが検索しやすくするため(笑)overcoat’sについて書いたブログをまとめて読めるようにしました。ブログタイトル下のカテゴリー「overcoat’s」をクリックしてね~☆
 ◇最新ブログタイトル◇   『Overcoat's(オーバーコーツ)21年ぶりの新アルバム!『9 numbers,Groovy!』を聴いて。♪♪その5♪♪』 

「死を想う」のは、よりよく生きるため。

人は必ず死ぬ。そしていつ死ぬかは分からない。この2つは人が避けられない事実だ。しかし「人は必ず死ぬ」という方が強い人と「いつ死ぬかは分からない」という方が強い人で、生き方についての考えが真逆になる場合がある。どちらが頭を支配してる力、脳に刻みこまれてる力が強いかどうか。ソレがその人の生き方の価値観、行動指針につながるコトもある。
「人は必ず死ぬよ」と言う人に限って死なない。というかそういう言動をする人というのは「すぐには死なないだろうけど、、」という注釈が、口には出さないけど付いてくる。あと10、20年は生きてる。平均寿命ぐらいまでは生きてる等。「必ず死ぬ」という強い言葉、人の避けるコトができない絶対的な事実を口にしながら「あとこのくらい生きるのでは、、」という何の根拠もない幻想に依存してる。一見リアリストを気取りながら、実は大事なトコロはリアルでは無いというコトだ。
かたや「いつ死ぬかは分からない」というのは、コレは人によって考え方の強い弱いはあると思うけど、例えば今外に出たら飛び出してきた車にひかれて死んでしまうカモ、というのは誰にも否定はできない。そういうコトを常に考えるサバイバル的な精神の人、モノゴト楽観的より悲観的な人もいなくはない。でも本来はソレを笑いゴトで済ませられるのが奇跡とも言える。この笑いゴト=幻想、なのだ。
私たちは私自身を信じてる。生きるのを信じてる。コレから当分は信じてる。まぁたぶんすぐには死なない。そういう幻想に依存してる。でも幻想は幻想である。「人はいつ死ぬか分からない」というのは真実だ。そういう考えが基本にある人がホントのリアリストである。もう一踏みこみ深く考えると、リアリストとファンタジストがひっくり返る場合がある。
いつ死ぬか分からない、というのを行動原理とすると、コレはウラを返せば「計画性の無い人」になる。だっていつ死ぬかわかんないんだから計画なんか立てられないじゃーん、となる。逆を考えれば分かり易い。「計画性のある人」というのは、自分が未来も生きてるのを「込み」で考えてる。生きてるだろう、と。
目標を立ててその目標へ向かってまい進。運良く「死なずに」目標を達成できれば、ソレに越したコトはない。だけど運が悪かった場合、その人の人生はどうなのか?その人自身生きてて良かったと言えるのだろうか?
できれば気分良く、悔いの無いように死にたいと考える人は多いかと思う。でもコレは「できれば気分良く、悔いの無いように『生きたい』」と同義語だ。コレに先ほどの「いつ死ぬか分からない」を組み合わせると「その都度その都度、悔いの無いように自分のやりたいと思うコトをやる」というコトになる。こういう考えで生きていれば、いつ死んでもとりあえずは悔いが最小限で、「やらなかった」「アレやっておけばよかった」と嘆くコトもなく、やらないよりは気分良く死ねる、というコトになるだろう。
計画性を持って、やりたいコトを先延ばしにするか、計画性が無くても、その都度その都度やりたいと思ったコトをやるか?memento mori(メメントモリ)=「死を想え」、というがその意味とは、死を想うのは今ある生、与えられた今生をよりよく生きるため、ではないだろうか?
死について考えるのは、生について考えるのと同じである。