no title
ものごころついた時には、すでに列車は走っていた。行き先は知らない。向かい合わせの四人掛けの席に座り、流れる景色を眺めてる。
この車両には、僕以外他に誰もいない。隣の車両には人が乗ってるらしく、時にはにぎやかな、そして騒がしい話し声や笑い声が漏れ聞こえてくるコトもあるけど、とくに隣の車両に人が乗ってるかを確認するコトもしない。こうして景色を眺めながら、あてどもない気ままな一人旅もわるくないものだ。
今まで、駅に着くたびにさまざまな人たちがこの列車に乗ってきては、向かいの席に座ったり隣の席に座ったりしたけど、また駅に着くたびにそうした人たちも「じゃあね」と言って、列車を降りていった。
彼らは別の列車に乗り換えるらしい。そうして今に至る。一人旅は気楽だ。
そういえば、ちょうど一年前の今ごろ、巡回してくる車掌から「この先の、ずいぶん遠いところで大規模な災害があったらしい」というコトを聞いた。その時は、その地域の上空を、たくさんの飛行機やロケットが飛び交ってたという。
しかし、この車掌は時々嘘をつくから、いまいち信用ならない、、、でも、僕もいつかはこの列車を降りて、飛行機やロケットに乗り換える日が来るのだろうか。そう、考えるコトもたまにはある。
そりゃ、たしかにこの列車はもう古くなってガタもきてるし、スピードも速くない。けど他の列車に乗り換えようとも思わない。
横風にあおられたり、吹雪で電気が停まったり、長ーいトンネルの中で立ち往生したコトもあるけど、そんな時は「、、、ま、しかたないか」とため息ひとつついて、早々と寝てしまう。そうして次の日の朝がやってくれば、何もなかったように列車は動いているのだから。
もうすぐ春がやってくる。窓を開けて陽を浴びよう。頬に風を受けよう。花の匂いを嗅ごう。もうすぐ色鮮やかな景色が目の前に広がるだろう。
人生という名の列車に乗って、いつかは終わるこの旅を、続けよう。