戦えなくなったガンダム。(2)
昨日チョロっと書いたやつのつづき。ガンダムUC(ユニコーン)もついにエピソード7(ep7)がリリースされて完結したワケだけども、ワタクシはUCて観てなかったのね(笑)。そりゃちょいちょいは情報が耳に目に入ってくるんだけど、追ってく感じではなかったワケよ。で今のタイミングでなぜ観たかというと、テレビ東京でep1〜ep6まで放送されたからなんだけども(録画がしてるんだけど、まだep4までしか観てない)。
ep7も観てない時点で言うのもなんだけど、あえてこの時点で感想を言うと、まぁガンダムは戦えなくなったなーと。コレはガンダムに限らずなんだけどね。いわゆる戦隊ヒーローモノとかライダーとかウルトラマンとかもそうなんじゃないかな。昔みたいに、ワタクシらが子供の時に見たヒーローモノみたいに、いわゆる正義と悪に分かれて、悪いやつらをやっつけるていう勧善懲悪、単純なオハナシじゃなくなってきたというコト。今は背景を考えちゃってるでしょ。悪いやつにも悪いやつなりの事情があってとか、片側から見たら「悪いやつ」だけど、もう一方からすれば「正義の味方」「ヒーロー」だったりして。フクザツになってきてる。もはや単純に正義と悪に分けられなくなってる。
コレはガンダムの場合は今回のUCに限らず、OOとかSEEDぐらいまで遡ってくね。SEEDでのカガリの言葉がいまだに思い出されるモン。「やられたらやり返すで、ソレで世界が平和になるのかよー!」だっけ?正しくは忘れたけど(笑)結局「憎しみの連鎖を生むだけ」byラクス、てやつね。今、集団的自衛権とか言ってるけどさ、守りたい人を守れないとか言うけど、じゃあ誰から守るつったら、ソレは人から守るワケで、相手だって人間じゃない?結局戦争て人同士が戦ってるワケだよ。で大体言ってるやつほど、自分を勘定に入れてない。てめぇがやるんだろうな?だし、てめぇが真っ先にやられるカモよ、だよ。
OOも最終的には敵も味方もなくなって、ELSに立ち向かって、刹那がELSと対話を求めようとして、ついにはELSと融合して地球に帰還するワケだけど、戦うコトをやめたら、もう「話す」「対話する」しかないんだよな、選択肢的に。他に思いつかないけど。だから平成ガンダムて口数が多くなってくんだよな。SEEDのフリーダムなんて絶大的な力を持ちながら、ソレはあくまで「相手と話すため」に使うて感じ。相手の攻撃を無力化して対話に持ち込む。説得する。そのためのニュータイプ能力て感じだよね。
OOのソレスタルビーイングも絶大な力でねじ伏せるていう集団だったワケだけども、その力にあらがうヤツも出てくる。だから力で押さえ込むてムズかしいよね。「おまえらだってMSに乗って戦争に参加してるじゃねぇか!」みたいなコトになる。
UCは対話・説得というのがより顕著になってるし、より直接的になってる。感応できるニュータイプ・強化人間に積極的に話す。そこらへんは今までのガンダムよりアクティブだよな。バナージは戦うのが目的じゃなくて、戦闘をやめさせる説得をするためにユニコーンガンダムに乗ってる。
パイロットであるニュータイプの思念拡張装置であり、対話するための道具。もはやガンダムはそういうモノになった。だからコレはOOでも思ったコトなんだけども、ガンダム作りづらくなったよな、と。なので富野監督の『ガンダム Gのレコンギスタ』がどういうストーリーなのか気になってるのよね〜。
相手は悪の限りをつくして攻撃仕掛けてきても、こっちは戦えないからね。防衛のみだ。とにかく話すしかできない。だからニュータイプはほぼ超能力者みたいな存在になるし、ガンダムは神様みたいになっちゃうんだよ。ep7のユニコーンはホトンド神様みたいになってるらしいけど(笑)。そうならざるをえない。行き着くトコまで行き着くしかない。そこまでしないと相手が話聞いてくれないから。
あとはガンジー方面か。ガンジーになるしか。でもソレだとハナシが盛り上がらない(笑)。非暴力不服従だから。ガンジーガンダムはありか(爆)。