仕事について。
自分が仕事をする上で幸せを感じるコトていうのを考えたんだけど、ソレはやっぱり「自分が考えたコトやセンスが人に受け入れられる・認められて、喜んでもらえた時」なんだよな。つまり「人を笑顔にしたい」という、非常にシンプルなコトだった。
仕事じゃなくても、昔からそうだった。
カセットテープに自分の好きな曲を編集して録音して、友達にあげたりするのもそうだし、とにかく何か自分で考えて「あげる」のが好きだった。
たとえばワタクシがしてたバイトの「料理を作る」というのも、自分のセンスや作ったモノの反応がすぐ見れるからいい。カフェをやりたかったのも、まさにコレ。
このブログも、今やってるEveryday39もそうカモしんない。「ソレいいね!」と思いを共有できたなら、いくらでもこのヤローは調子に乗るのである(笑)。
て、書いて分かるのは「別に仕事じゃなくてもいい」てコトだ。人に喜んでもらうには、別に仕事じゃなくてもいい。
ワタクシは歌がうまいとか身体能力が高いとかカラダに特別な才能があるワケではない。なのでそういった「パフォーマンス」方面ではなく、「モノを作る」などで人を笑顔にしたい。
「ヘタの横好き」て言葉がある。座右の銘にしたいぐらい(笑)。口ベタだし会話ベタだし他人との適切な距離が取るのがヘタだけれど、人とコミュニケーションをとりたいとは常に思ってる。人と接するコト自体は好きだ。恥ずかしがりやで緊張しいではあるけども。気持ちはあふれんばかりにあるが、表現がヘタなだけだ。
でもコレは以前も書いたコトあると思うけど、他人も常にオープンマインドではない。どちらかというと「フレンドリー」よりは「まずは警戒・緊張」の人の方が多数のように思う。なので個人と個人がいきなりフランクに、心を開いてコミュニケーションはなかなかとりにくい。
ダイレクトにはムズかしい。何かきっかけが必要だ。
そのきっかけは「店」でもいいし「モノ」でもいい。店やモノを仲立ちさせれば、人とコミュニケーションをとりやすくなる。ペットと散歩すれば、同じようにペットを散歩する人や、犬猫好きの人は心を開きやすくなる。相手も警戒心を解いて、1歩踏み込める場が必要なのだと思う。
「仕事」もそういうコトなんだと思う。「仕事」を仲立ちにして、人と何かをする。コミュニケーションを取り合える。というコトは「仕事」というのは、あくまで「自分」が主であって、仕事は「店」であり「モノ」であり「ペット」であり、仲立ちするきっかけであればいい。会社だって、あくまで自分が主で、会社という場に集まるリソース、個人ではなかなか持てない企業とのつながりや人、その他もろもろを利用できる場であり道具だ、と考えればいい。自分1人じゃなかなか持てないパイプなんだと。ところが会社に属していればソレらのリソースが容易に利用できる。便利な道具であり場だ。
コレはフリーの場合を考えれば自ずと分かる。フリーの場合は、パイプは自ら用意しないといけない。ただソコを自分で1から開拓してく面白さはあるだろう。ちょっと話は脱線するけど、夜の店で例えば働いてるとして、自分を指名してくれる100人の顧客リストがあれば、ソコを独立してもその100人の顧客は独立した自分のお店にも来てくれるカモしれない。そういう意味で、まずはどこかのお店、であり会社、組織に属してソレから独立、という流れはありだと思う。まずは会社やお店の信頼性を借りる。属してるうちに自分への信頼性を育てる。でもいきなり独立でフリーから始めるというのは、何の信頼性も無しに0からお客さんを開拓しなければならないのだから、やはりかなりのキビシサがあるだろう。
で、話は戻るけど、自分のオリジナリティや何かしらの工夫を活かせれば、何も「仕事」である必要はないけれども、ソレを「仕事」というレベルまで昇華できて、さらにそのコトでお金が得られるのなら、ソレに越したコトはない。ヤブサカデナイ。そういう点でいえば「仕事」というのは1つの手段であり方法でしかなく「絶対」ではないというコトだ。越したコトはないけど。
さらに言えば、「自分なりに工夫する」というのは度合いがあって、100%自分で考えたモノでなくても、例えば工場のライン作業であっても、やり方を自分なりに工夫できる裁量であり自由度がいくらか残されてて、自分が工夫したコトによって結果が向上すれば、ソレはソレでその仕事も楽しめる、と思う。ただ人の笑顔の実感が持ちにくい仕事ではあるか。