生き物のような存在。
ワタクシは本や音楽の電子化については否定する者ではない。低迷してる業界の刺激になるだろうし、ソレも1つの形体にすぎない、という考えである。でもやっぱり本やCDなど、手に取れる実際の「物の良さ」というのはあると思う。
実際のその物を手に取る、または見る。ソレだけで、本なら本、CDならCD(レコードの人もいるでしょう)にまつわる記憶やさまざまな思い出が呼び起こされる。そういう思い入れの感情というか気持ちというか、そういったモノはネコやイヌなどのペットに対する想いといっしょなのではないか、と。
本やCDは生きてはいないけど、その人にとっては記憶や思い出の込められた、「生き物」と同じような意味があると思う。所有してる人によって魂が吹き込まれる。愛情であり想いの積み重ね。時間がそうさせる。本棚に「ソレ」があるだけで存在を感じる、その安心感というモノがある。
PCやiPadは壊れてもダメだし、電源がなくてもダメである。リアルな物は「100%私のモノ」だけど、PCやiPadは、こちらはキーボードを叩いたり画面をなぞったり「できる権利がある」だけで、大半は「あちら側」の所有物、という感じが否めない。なんとなく「借り物」感覚なのである。いつまでたっても自分のモノにはならない。そういう感じ。「あちら側」がいかようにもできるからである。操作の全権・管理は「あちら側」なのである。
ソコにリアルの物とは温度差が生じてしまう、というのはある。